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なぜお水取り、でもお水取り
朝日新聞社奈良総局 編集委員 小滝 ちひろ


「あら、こんにちは。今年もお元気そうで」
「いやあ、ご無沙汰しました」
「ところで、○○さんは?」
「お母さんが亡くなったんで、今年は遠慮するそうですわ」
「あれまあ、それは残念」

 

 2月も下旬。二月堂かいわいでは、そんな会話が聞かれるようになる。修二会(お水取り)を何年も参拝・聴聞している人たちだ。
 すでに準備期間の合宿である「別火」が始まっている。28日になれば、11人の練行衆(こもりの僧)がお堂の下にある参籠宿所へ上がってくる。
通い慣れた人々は法要や関連行事があるたび、思い思いの場所に陣取り、練行衆やお付きの童子、仲間らの動きを追う。
 ある人はお水取りを撮影するために数十万円の高級カメラを買い、盛んにシャッターを切る。ある人は本格的な美術作品を仕上げようと、スケッチブックにペンをひたすら走らせる。その周りで、女性たちが、研究書をコピーしたり独自取材したりしてつくった行事スケジュール表を手に、うっとりと練行衆を見つめている。
 誤解をおそれずにいえば、その有り様は歌舞伎俳優の出を待つおばさま方や、AKB48のコンサートに集まるオタクたちと大差はないと思う。別火8日間(うるう年は9日間)、3月上中旬の本行2週間、計約3週間の行に励む人たちに、あこがれてしまうのだ。
 お水取りは見ようと思ってもよく見えない。練行衆は二月堂の中心の中心、格子に隔てられた内陣におり、聴聞者とは数メートル以上離れている。灯明しか光がない堂内は暗く、バラエティー豊かなテンポやメロディーの声明も意味不明なところが多い。
 そして寒い。「関西、奈良に春を呼ぶお水取り」と言うが、私の体感は違う。お水取りが終わって初めて暖かくなるのであって、行の間に暖かくなることはない。
 深夜ともなれば、東大寺境内でひときわ高い場所にある二月堂の斜面を寒風が吹き抜ける。冷気が集まった人々の足元へとはい上がってくる。「うう、寒っ。ようやく水取りらしい陽気になったなあ」。古参の聴聞者のようなふりをして格好をつけてみるのだが、実は上着も下着も完全防備。厚手の靴下を二重にはいてもいる。それでも寒くて冷たい。
 観光のつもりで来た人たちが「何も見えんわ。寒いし、帰ろう」と、お松明の後ちょっと堂内をのぞいただけで帰ってしまうのも、当然といえば当然なのだ。
 それでも、ハマる人はハマる。声明の朗々たるコーラス、五体投地の重々しい響き、格子越しにゆらめく練行衆の影……。なにかがきっかけで、理屈抜きにスイッチが入ることがある。それも、役者やアイドルにひかれるのと同じだろう。
 お水取りは様々なお経や作法が複雑に組み合わされ、実にシステマチックで、実に複雑怪奇な大法会になっている。1250年以上一度も断絶しなかった時間の長さがそこにある。そして、五穀豊穣や天下泰平、万民豊楽などを祈る。
 とはいえ、世の中、そううまくはいかない。2011年には本行終盤に東日本大震災が起きてしまった。
 だからこそ、ひたすらに祈るのではないか。人間の非力を自覚し、人ならぬ力の存在を知るために。そして、そんな一生懸命に少しでも触れたい。だから、私はまた二月堂に日参するのだろう。

走りの作法で、内陣と礼堂の間にある戸帳を、堂童子が巧みに巻き上げる

キャプション

達陀(だったん)。火天役がたいまつを振り、水天役が挑みかかる

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